その2
「いえ」

その2「いえ」

家神話」

 クレジットカードの申込書に「持家」か「借家」かをチェックする欄がありますよね。あれって、やっぱり「持家」につけると、いいことあるのかな??おそらく統計学的なうらづけがあるんでしょうが、なんとなく、社会的な信用度を決める要素になっちゃってるんですね。でも実際のところ、住宅ローンをかかえてたりするでしょ、何かあった時に融通がきかなかったりするような気もするんですが・・・。そのへんが「神話」たるゆえんなのかもしれません。

寿命住宅」

 住宅の寿命を伸ばす事はいろいろな意味で大切だと感じています。普請を甲斐性とする人は別として、住み手にとっては言うに及びません。さらに、資源や環境の面でも貢献大です。

気候変動は致命的です。
(Maldive)
又、まちレベルで見たときも、そう頻繁に建て替えられていたのでは、「まちなみ」として熟成されていくひまもないわけで、そうですね木造住宅でも100年近くはもたせたい感じがします。実際、長寿命といったときに、ポイントは2つあると思います。ひとつは物理的な耐久性で、雨風や地震に耐える事、また、必要な空間や設備が備わっている事などです。この点は、定期的なメンテナンスや模様替えなどで十分に維持できるはずです。問題なのは、人間の感性に係る部分ですね、当然のように家は古くなっていきます、その時「新しい方が良い」と考えるか、「古くても良い」と感じるかは、なやましい争点です。設計者としては「古くても良いものは良い」と感じてもらえるような、家づくりを目指したいものです。それは、伝統的な和風という意味ではありません。例えば、築後20年の我が家の隣に、ピカピカの新しい家が建ったとき、かえって揺るぎない愛着が、再認識できちゃうような家。その為には、時代を経ても変わらない価値「デザインの耐久性」がKeywordになると思っています。
天才のデザイン
カサ・バトリョ
A.ガウディ

塊世代の家」

 仕事をリタイアして、家で過ごす時間が長くなった時に、突然、我が家のつくりが気になってたりしてませんか。続き間の和室がある田舎屋は結構フレキシブルに使えるんですが、「n-DK」や「n-LDK」みたいなものは、第2の人生の拠点としては、いささか役不足な感じがします。想像するに、まず、台所と食堂の日当たりが悪いので、豊かな気分で昼飯をゆっくり食べるなんてことができないんじゃないですか?次に、書斎にしようと使い始めた子供部屋。こんな息のつまるような狭苦しい所で、子供たちはよく耐えられたものだと感心していませんか?さらに、昼寝の場所がソファーの上になってませんか?ほんとは、お日さまのあたる縁側や、たたみの上が気持ちいいんですよね。最後はお風呂。場末の民宿って風情でしょうか。
 いまさら、家を直してもと考えるか、これから先の人生に新しい価値をみいだそうとするのか、思いの分かれるところです。ただ、次の世代に住み継げる「おとなの家」を残す事や、職人たちの技術継承の機会を提供する事は、社会的な意味から決して無駄にはなりません。初めて家をかまえる年齢層ではなかなか実践できない価値観です。今の日本社会を築きあげてきたジェネレーションとして、その負の部分に対する、ひとつの免罪符みたいなものとは考えらないでしょうか。

南の島のコテージ。これは、ひとつの「おとなの家」かも。(Maldive)