クレジットカードの申込書に「持家」か「借家」かをチェックする欄がありますよね。あれって、やっぱり「持家」につけると、いいことあるのかな??おそらく統計学的なうらづけがあるんでしょうが、なんとなく、社会的な信用度を決める要素になっちゃってるんですね。でも実際のところ、住宅ローンをかかえてたりするでしょ、何かあった時に融通がきかなかったりするような気もするんですが・・・。そのへんが「神話」たるゆえんなのかもしれません。
住宅の寿命を伸ばす事はいろいろな意味で大切だと感じています。普請を甲斐性とする人は別として、住み手にとっては言うに及びません。さらに、資源や環境の面でも貢献大です。


仕事をリタイアして、家で過ごす時間が長くなった時に、突然、我が家のつくりが気になってたりしてませんか。続き間の和室がある田舎屋は結構フレキシブルに使えるんですが、「n-DK」や「n-LDK」みたいなものは、第2の人生の拠点としては、いささか役不足な感じがします。想像するに、まず、台所と食堂の日当たりが悪いので、豊かな気分で昼飯をゆっくり食べるなんてことができないんじゃないですか?次に、書斎にしようと使い始めた子供部屋。こんな息のつまるような狭苦しい所で、子供たちはよく耐えられたものだと感心していませんか?さらに、昼寝の場所がソファーの上になってませんか?ほんとは、お日さまのあたる縁側や、たたみの上が気持ちいいんですよね。最後はお風呂。場末の民宿って風情でしょうか。
いまさら、家を直してもと考えるか、これから先の人生に新しい価値をみいだそうとするのか、思いの分かれるところです。ただ、次の世代に住み継げる「おとなの家」を残す事や、職人たちの技術継承の機会を提供する事は、社会的な意味から決して無駄にはなりません。初めて家をかまえる年齢層ではなかなか実践できない価値観です。今の日本社会を築きあげてきたジェネレーションとして、その負の部分に対する、ひとつの免罪符みたいなものとは考えらないでしょうか。
